情熱 2.徒雲





 全部、流してしまいたかった。
 迷う心を、全部。
 好き。

 好き・・・・・・?

 いつから?
 どうして?




 どうして・・いつのまに、わからなくなってしまったのだろう------。

 私は。
 どうしたらいい?
 どうすればいい?









 脳裏にやきついて離れない、蘭の涙の跡。

 『埋め合わせみたいなこと・・もう、しなくてもいいよ・・』

 あの、言葉・・・・・・。



 ------違う・・・・・・!!
 埋め合わせだなんて。
 そんなわけない。
 だけど、
 真実を告げることは、できない。



 どうすれば・・。
 どうすれば------。










 あの日の夕立は、半ば呆然としている蘭を、コナンが小さな手で引っ張るようにして家に連れ帰ってまもなく、ぴたりとやんだ。
 けれど。

 雨はやんでも、ふたりの心は晴れないままだった。

 止まない雨はないことを、目の前にしながら、自分ではどうすることもできずに、互いに思い悩んでいた。
 もっとも、蘭の前でコナンはいつもどおりに振舞っていた。
 そして、蘭もコナンの前でいつもどおりに振舞っていた。
 以前はともかく、今はおそらく、再びコナン=新一とは考えていないであろう蘭を見るにつけ、真実を告げまいと心に決めていながら、コナンの心は揺れずにはいられなかった。

 お互いに悩んでいるのに、お互いに無理をして振舞いあっているのがつらかった。





 堂堂巡り。
 電話の声では埒があかない。
 真実は告げられない。

 結局、最初から、
 それでも、電話越ししか選択肢はないのではないか------?

 けれど、
 もしかして、もうひとつ、方法があるとしたら------?





 いつになく、思いつめたその表情から、何に思い悩んでいるのかが容易に想像できて、哀は眼の前の人物から視線をそらした。

 沈黙が流れる。

 仕方がない・・といったように、哀はひとつため息をついて、

 「試作品なら、ダメよ・・」

 と、問いも聞かないまま、単刀直入に答えを示した。

 

 最初から、そう簡単にOKの答えがえられるわけはないと思っていたものの、こうばっさりといわれてしまうと、しばらくは言葉を返せなくなる。

 「もう・・ほかに方法がねえんだよ・・。もう・・」

 「・・自惚れるのも、いいかげんにしたら?」

 「・・・・・・!!」



 自惚れる・・・・・・?
 オレが・・・・・・!?

 「方法がないなんて・・。彼女の不安を取り除くには、それしかないなんて、思っているなら、それは大きな誤解よ。あなたが、もう方法がないと思っているのは、彼女の不安をぬぐうためなんかじゃない・・。彼女をあなたにつなぎとめておく方法がないってコトよ」

 「お前・・・・・・!」
 冷たく言い渡されて、思わずコナンは詰め寄りたい気持ちになる。
 けれど、哀はそんなコナンの険しい顔にも動じることはなく、

 「あなたを待っていようが、待つのをやめようが・・。そんなこと、彼女の決めることよ。あなたには、それを縛り付ける権利なんてないんだから・・」
 「っ・・・・・・!」
 再び言葉に詰まったコナンから、また視線をはずすと、哀は少し伏目がちになって言葉を続けた。

 「・・それに・・。もしも、試作品で一時的にうまくもとの姿に戻って、その姿で彼女と逢ったとしても。それじゃ、彼女の不安は取り除かれないと思うけど・・」



 ------!?

 哀の言葉に、コナンは耳を疑った。
 それしかない。
 そう思っていたことを、もろくも崩されてしまった。



 もとの姿であっても、蘭の不安は消えない------!?

 どういうことだ?

 それなら。
 ほんとうに、いったいどうすれば------!!










 「・・コナンく〜ん・・!・・もう・・。またどこか行っちゃったのかしら・・。もうすぐ夕飯なのに・・」
 見当たらないコナンを案じつつ、蘭は夕食の準備を進めていた。
 何かとせわしなく動いていないと気がすまない。
 ぼうっと立っていたり、ただ座っているだけだと、つい考え込んでしまう。
 
 もともと、一度電話をかけてきた後は、そんなにすぐに連絡をくれていたわけではない。
 それはともかくとして、
 あの日から、新一は電話をかけてはこない。

 怒っちゃったのかな・・・・・・?
 それとも、呆れた・・・・・・?

 つい、口走ってしまった言葉は、ほかでもない、自分の奥底にある本音だった。

 けれど、本当にこれでよかったのかという想いが、ぐるぐると回り続けている。



 私は・・・・・・。
 今まで、どうして新一を待っていたのだろう?

 『待っていてほしい』

 この言葉は、鎖なんかじゃなかった・・。

 それどころか、支えだった。

 でも・・。

 もしも。
 もしも・・・・・・。


 新一が、私が待っていなくてもいいと思ったとしたら・・?
 待っていてほしいなんて言葉が、一度もなかったとしたら・・・・・・?


 私は、どうしていただろう------。


 「・・・・・・」

 蘭はひとり、苦笑した。

 何、バカなこと、考えていたんだろう?
 私が今まで新一を待っていたのは、新一を好きだから・・。

 だって・・・・・・。

 待てなくなったら、さよならしか残らない。

 サヨナラ・・しか------!

 ポタポタと、涙がこぼれた。
 雨に打たれながら、もう泣くまいと思っていたのに・・・・・・。

 「ふっ・・・・・・」

 こらえようとすればするほど、涙が止まらない。

 どうして・・・・・・。

 どうして、あきらめられないの・・・・・・。

 こんなにも、逢えないままなのに。
 こんなにも、哀しいのに・・・・・・。



 こうすれば、楽になれるとか。

 いろいろ、あるけれど・・。

 うまくはいかない。

 いつだって、想いだけは、どんな場所にいたって、独り歩きする。




 忘れたほうが、楽になれる?

 でも。
 忘れようとするこころが軋む限り、忘れられないのだろう。

 どんなに哀しくても変わらない。
 
 
 ただ。
 今は、この迷いをぬぐいきれない。
 嫌いになれないこと。
 忘れられないこと。
 それが、好きにつながっているという確信が・・・・・・。

 今は、ぐらついている気がする――――――。





 何の権利もない。
 蘭がオレを忘れたとしても。
 それを咎めるすべを、なにひとつ持っていない。

 だけど・・・・・・・。
 
 自惚れでも。
 なんでも。
 この想いだけは変わらない。

 逢っても蘭の心が晴れないのなら。

 たとえ電話越しでも、今、伝えたいことを。

 彼女だけに、伝えたいことを――――――。










 電話のベルが鳴る。
 ためらい。
 あの日限りで、もう声が聴けないかと思った。

 だって。

 『帰れるようになるまで電話しないで』

 あんなこと、言ってしまったのに、
 それでも、こうして連絡をくれるのは――――――。

 話し掛けてくる新一の声を聴きながら、言葉が見つからなくて、黙り込んでしまう。

 『なぁ・・。オレ・・オメーのために、何をすればいい?』

 「・・・・・・!!」

 少し愁いを帯びたその声、その言葉が思いがけなくて、ようやく開きかけた口を再び閉じてしまった。

 私が・・
 新一に・・
 してほしいこと・・・・・・?

 ずっと心配して、言ってやりたい文句なら、いつだって浮かんでくるぐらいだったのに、
 いつだってたった一言聞いただけで、言いたいことの半分も言えなかった。

 でも今は・・。
 何もかもぐらついて、どうすればいいのかも、どうしてほしいのかも、見えない。

 どうしても言葉を紡げない蘭に、新一は優しく、途切れ途切れに話しはじめた。

 『・・オメー・・こないだ、もう電話するなって、言ったよな・・』
 「・・う・・うん・・」
 『本気・・なのか・・?』
 「・・だ・・って・・」
 言葉が続かない。
 何て言ったらいい?

 ただ、もう、淡く儚く消えてしまうような期待を、与えてはほしくないだけだったのだから――――――。   
 
 『オメーは・・もう電話するななんていうけど・・。ほんとに、まだ、帰れねえけど・・。オレは・・』

 しんいち・・・・・・?

 『・・オレは・・。それでも、オメーの声が、聴きたい・・・・・・』



 胸をかきむしるようなぎりぎりの想いが、走り抜けていく。


 声が・・。

 ねえ・・。
 帰れもしないのに、それでも連絡をくれるのは。
 しなければならないことなんかじゃなくて。

 ほんとうに、
 声が聴きたいっていうことだとしたら・・・・・。


 蘭は微かに笑った。
 本当は、答えなんて、最初からひとつしかなかったのかもしれない。

 どうしても、忘れ得ぬひと。

 「何も・・。何もいらないよ・・。新一が・・元気でいるんだったら・・。私は、何もいらないから・・」



 想いはいつも、もろくて儚い。

 そのくせ、消えたかと思えばふいに想いだす。

 はぐれそうではぐれない、ふたりの想いは、交錯したまま。

 








 
 待つことは、無力なことですか?

 それとも。

 あきらめることは、逃げることですか?




 答えなんて、聴こえてこない。

 誰でもない、私が決めること。

 ただ、それだけはわかっていて――――――。






tcn...

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