幸せの花束 3. part2 愛は、いつもそばに





 ホームルームが終わったあと、蘭はやおら立ち上がって掃除道具を取りに行こうとしていた。
 他のクラスメイトはともかく、蘭の顔がどこか浮かないことに、彼女が気づかないわけはなかった。
 ひょいと箒を取り上げられて、蘭が顔をあげると、彼女は軽くウィンクをして言った。
 「掃除当番、代わったげるわよ」
 「園子・・」
 困惑の色を浮かべる蘭をちらりと見てから、園子は少し回りに視線を向けた。
 「蘭、今日、新一くんは?」
 「・・さあ・・」
 蘭はさらに困惑の色を深めて、あいまいに答えた。
 「さあ・・って。昨日、事件解決して帰ってきたんじゃなかったの?」
 「そうなんだけど・・。帰ったって電話はもらったんだけど、もう遅かったから、会ったわけじゃないのよ。今日は、朝錬に出なくちゃいけなくて、様子見にいけなかったし・・」
 「ふーん・・。まずいんじゃないの?」
 「ま、まずいって・・。何が?」
 「ひょっとして、熱でも出してぶっ倒れてるとか」
 大げさに深刻そうな顔をして見せる園子だったが、その内容は軽くかわせるものではない。
 「まさかあ・・」
 少し引きつった笑みを浮かべてとりあえず否定してみる蘭だったが、
 「十分ありうるわよ。だいたい、新一くんが普通の高校生とどれくらい違う生活してるか、考えてみなよ」
 と言う園子の追い討ちには、反論の余地をなくしてしまう。
 きゅっと唇をかんで俯きがちな蘭の背中を押して、園子ははっぱをかけた。
 「ほら、さっさと行った行った!あんた以外、誰がアヤツの面倒見るって言うのよ」



 まさか・・。まさかそんな・・。
 でも。
 まさしく寝食を忘れるタイプの彼のことは、よくわかっているつもりだ。
 蘭は心臓の音がやけにうるさく聞こえるほど緊張しながら、急ぎ足で新一の家に向かっていた。

 頭の中で、昨日夜遅くにかかってきた電話の声を思い出す。
 確かに、いつにも増して疲れた様子だった。
 普段、そんなことはおくびにも出すまいとしているのはお互い様で、だからこそ、隠しているつもりでも、互いに見抜きあってしまうところがある。

 新一・・・・・・。



 意を決したように、蘭は呼び鈴を1度、2度と押してみる。
 しかし反応はない。
 不安がまたふくらんでくる。
 仕方なく、阿笠博士からカギを借りて玄関を開ける。

 「おじゃましまー・・す・・」
 広い家の中に物音は感じ取られない。

 「新一ー?」
 何度となく声を出してみても、やはり反応はなく、
 リビングをのぞいた瞬間、胸の鼓動がいっそう高くなった。
 「新一っ!?」
 
 昨日の昼過ぎに呼び出されて学校を飛び出していったときの制服のままで、ソファに沈んでいる新一を見た蘭は、弾かれたように駆け寄った。



 「ね・・寝てる・・」
 ひとまず深い安堵のため息をついてから視線を移すと、ソファの下には推理小説が転がっていた。
 もしかして・・電話したあと、また読みふけってたの・・?
 「もう・・相変わらず心配ばっかりかけて・・」

 それにしても、と蘭は考え込んだ。
 いったいいつ寝てしまったかはわからないけれど、こんな時間まで一度も目を覚まさずに眠り続けているというのは、いくら本人を前にしているとはいえ、にわかには信じがたいほどで、
 「風邪引いちゃうよ、新一・・。ね、一回起きて、ちゃんと自分の部屋に行こう?」
 そういいながら体をゆすり続けてみるものの、一向に目を覚ます気配がなく、
 「しょうがないんだから・・」
 そうつぶやきながら、リビングを出て行った。
 しばらくして、蘭はとりあえずタオルケット一枚を手に戻ってくると、隣に静かに腰を下ろし、改めて新一の顔をしげしげと見つめた。
 その無防備な寝顔に、蘭はそっと苦笑した。
 「本当に、こうしてみると、普通の男の子ね・・」
 
 探偵としての顔はもちろん好きだ。
 でも・・・・・・。
 本当は、こんなあなたが、何より愛しいのかもしれない。

 「疲れてるんだね・・新一・・」

 そういいながら、蘭は優しさに満ちた微笑を浮かべて、包み込むようにそっと新一を抱きしめた。

 そうして自分も瞳を閉じて、ふと思いをはせた。

 ふたりとも、どうしただろう・・・・・・。
 ゆるぎなく、あたたかい友情を思い出す。

 自然と、素直な言葉がこぼれた。



 「好きよ・・新一・・・・・・」



 そういえば、帰ってきてくれてからは、まともにそんな言葉を伝えたことはなかった。
 そう思いながら。
 「目が覚めたら・・今度こそ、ちゃんと言うからね・・」
 そう囁いたら、ふいに自分が抱きしめられていることに気がついた。
 「ちょっ・・新一!起きてたのっ!?」
 真っ赤になった蘭を見て、新一はクスッと笑った。
 「もう・・!2度と言ってあげないんだから!」
 そう言って、体を離す蘭に、新一は、
 「お、おいっ、待てよ!」
 と、少なからずあせった。
 そんな新一の表情がおかしくて、蘭は笑った。
 「冗談よ。・・・・・・私の気持ちは変わってないから・・。ずっと、好きよ・・新一のこと・・」
 
 「・・オレも・・変わってない・・。蘭が、好きだ・・。今までも、これからも・・・・・・」
 そう言うと、新一はもう一度、優しく蘭を抱きしめた。



 やっとたどり着けた場所に、幸せがあふれる。
 このゴールは、新しいふたりだけのスタートの場所。
 いつでもそばにいる。
 私も。
 私のあなたへの愛も------。






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