幸せの花束 3. part1 あなたの隣に





 事件解決後のざわついた現場から少し離れた場所で、平次は思いもかけない人物が自分を待っているのに驚いた。
 「お疲れ様、平次」
 「かっ和葉・・!?どないしたんや、お前・・」
 「迎えに来たんや」
 「迎えにて・・」
 ひどく和葉を怒らせてしまって気まずかっただけに、いつも以上に穏やかに微笑んでいる彼女にどぎまぎしてしまう。
 「和葉・・あの・・こないだは・・」
 そういいかけた平次を和葉はさえぎって笑った。
 「ええよ、もう、怒ってへんから・・。それより、もうええんやったら、はよ帰ろ?」

 どないしたんや、ほんんまに・・。

 いつもと違う。
 違いすぎる・・・・・・。

 何がどう違うのか。
 なぜ違うのか。
 新幹線のなかでのあたりさわりのない会話からでは、平次には見当がつかなかった。
 事件ならば、探偵としての勘も働くだろうけれども、こと、女心には働いてくれそうもない。


 和葉は内心、どぎまぎしていた。
 今度こそ。
 今度こそ、素直にならなければ、本当にこんな機会はもう巡ってこないかもしれない・・。
 そう思うと、否応なしに胸が高鳴る。
 ただ、哀しいことには、平次はそんな自分の心に気がついているのか、いないのか、その表情からは読み取れずにいた。
 気持ちばかりがはやる。
 同じ失敗は繰り返したくはない。



 それなのに、刻々と時間は過ぎてゆき、新大阪から電車を乗り継いで、私鉄の駅で切符を買っているとき、もうすぐ急行が発車するという放送が耳に届いた。
 
 「和葉、急ぐで!」
 そう言うと平次は駆け出そうとする。
 和葉は慌てて平次の腕をつかむと、
 「え・・ええやんか、別にそない急がんでも!次の準急にしよ?」
 と引き止めた。
 腑に落ちない平次は、
 「準急〜?あんなとろい電車、乗ってられるかいな!今のが出てしもたら、次の急行まで15分以上待たなあかんのやで!」 
 と和葉を急かすように言い張った。
 「そ、そやけど・・」
 和葉が再び反論しようとしたところで、発車の音楽が流れ、ドアの閉まる音が聞こえてきた。
 「和葉っ」
 いかにも悔しそうな視線を向ける平次に、和葉はしれっとして答えた。
 「駆け込み乗車は危ないんやで!なにもそんなせかせかすることあらへん!」
 諭すような口調に、平次ははあ・・とため息をひとつついて、観念したように和葉に従った。

 平次はなぜ和葉がそんなに急ぐのを嫌がるのか、またしても謎を深めていたが、一方で和葉は、何とか時間が稼げたことに、ほっと胸をなでおろしていた。

 ただ、時間を焦らしていたいだけではない。
 本音を言ってしまえば、このまま、1秒でも長くそばにいたいだけだった。

 急行なんて・・すぐ、寝屋川についてしまうやんか・・。

 和葉は心の中でポツリとつぶやいて、ホームで準急を待っていた。 
 
 
 準急列車にゆっくり揺られながら、和葉は平次と話しながらも、ふと、思いをはせていた。
 ふたりとも・・どないしたやろ・・。
 果たして、本当に今日自分は想いを伝えられるのか?
 いくらそばにいたいと時間を引き延ばしてみたところで、自分で言葉を発しなければ意味がない。
 女同士のあたたかくて固い約束をそっと思い出す。
 
 車内に車掌の声が響く。
 車掌が告げた駅の名は、寝屋川のひとつ前。
 
 和葉は自分自身を励ますように、小さく頷くと、平次の腕を取り、
 「平次、降りよ!」
 平次は驚いて声をあげる。
 「ちょぉ、待て!寝屋川は次やぞ!?」
 そんな言葉を気にも留めず、和葉は平次を引っ張るようにして電車を降りた。

 電車が出て行ったあとの静けさに取り残されて、平次は何がなんだかわからなくなっていたが、和葉はくるっと振り向いて、明るく言った。
 「なあ、一駅分、歩けへん?」

 ゆっくりとしたペースで、二人並んで歩いていた。
 またしても和葉の意図がつかめず、平次はふと歩みを止めて、怪訝な表情で尋ねた。
 「どないしたんや、ほんまに・・。お前、今日、なんかいつもと違うで」
 真剣に和葉の顔を見つめてみて、平次はハッとした。

 和葉の瞳には、切なさがにじんでいた。

 「別に・・なんもあらへんよ。ただ、ちょっとでも長く、一緒に居りたいだけや」
 
 「和葉・・」

 和葉は顔を少し俯き加減にして、小さく言った。
 「アタシは・・いつも想てる。ちょっとでも、長いこと、平次と一緒にいられたらええのにって。アタシは・・アタシは・・」
 ゆっくりと、顔をあげた和葉のその真摯な表情に、平次はまるで金縛りにでもあったかのように動けなくなってしまった。



 「・・好きや・・。平次が、好きや・・」


 沈黙は、まるで永遠のように思えて、和葉は耐え切れないほどだった。

 どうして?

 どうして何も言ってくれないのだろう?

 肯定も、否定もなく。
 ただ呆然と自分を見つめ返しているだけだった。



 とうとう耐え切れずに、和葉が顔をそらしたとき、ポツリと声がした。

 「・・なんでやねん・・」

 「へ・・平次・・?」
 和葉は、おずおずと顔を向ける。

 「オレかて、言おう思てたのに・・。先越しよって・・」

 ちょっと怒ったような、照れたような顔が、そこにはあった。

 「あほ・・!先越したんと違う!・・平次が・・遅すぎるんやんかぁ・・」
 最後は、涙声になった。

 

 ふたりで笑った。
 なんて、遠回りしてきたんだろう。
 そう思うと、なんだかおかしかった。
 ずっとそばにいたのに。
 それなのに、こんなに回り道をしてきた。 

 明日からも、ふたりはきっと、ふたりのまま。
 特別なものは、何もいらない。
 ただ、これからも、あなたの隣にいる約束を、交し合えた喜びであふれて------。






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