幸せの花束 1.後悔





 いつだって、願いはひとつしかない。
 いつだって、幸せになるカギを握っているのは、一人しかいない。
 それなのに、どうして------。





 木漏れ日がまぶしい。
 雨上がりの空は、まんざらでもない・・。
 窓の外を眺めながら、そんなことを考えてみても、和葉は心の晴れ間には程遠いと感じるしかない。
 
 意地張らんと、一緒に行ったらよかったな・・・・・・。

 和葉は別段思い出したくもないのに、自然、昨日の出来事を頭の中でリピートさせてしまう。



 『あ・・あのな、平次・・。は・・話があるんやけど・・』
 『どないしたんや、そないな顔して。なんや、悩み事か?』
 面白がるような平次の口調に、ついいつものように言葉を返しそうになるものの、それよりも緊張が先にたつ。
 『まあ・・そんな感じやけど・・』
 『ああ、そうや、お前に言うの忘れとったなあ。明日から、ちょっと東京行かなあかんのや。事件の依頼でな。片付いたら、なんぼでも、相談に乗ったるからな』
 
 誰も。
 「そんな感じ」とはいうたけど。
 相談やなんて、言うてないやんか。
 人の話は最後まで聞き。
 今日。
 心に決めた。
 覚悟を決めた。
 今日やないと、あかんねん。
 明日になって、あさってになって、決心がぐらついて、冷めてしもうてからでは、遅いんや。
 悩み事なんて、みんなそんなもんやろ?
 そんなことも、わからへんの?

 『ちょうど明日は土曜やし、なんやったら和葉、お前もくるか?』
 『え?』
 『工藤に会えるんや!お前も姉ちゃんに会いたいやろ?』

 ・・・・・・。

 アタシの顔、ちゃんと見てる?
 いっつも、二言目には推理の話、工藤くんの話。
 冗談言うてるときと、そやないときくらい、探偵やったら、わからなあかんのと違う?
 それとも。
 あたしのことは、そんなに気にとめる存在やない、言うこと?

 『アタシまでのこのこついてったらじゃまやろ』
 『・・和葉?』
 アホ平次。
 やっぱりなんもわかってへん。

 『誰があんたなんかについていかなあかんねん、東京でもどこでもさっさと行ったらええやんか!』
 


 いつもの啖呵とはわけが違うことだけは、確かに平次にも伝わったはずだった。
 けれどもそこまで。
 ただ、中途半端に気持ちをぶつけただけなら。
 そこまでしか、伝わらないのだ。

 ふう。
 と、ため息をつく。

 後悔したことは、2度と好転しないのだろうか?

 結局いつも、拒絶されるのが怖いから、勇気が出えへんだけやんか・・・・・・。
 
 あんなこと言うんやなかった。
 やっぱり、一緒に行ったらよかった------。








 朝の光がさんさんと降り注ぐ。
 なんて気持ちいい朝だろう。
 それなのに、ぐるぐる廻り続ける想いが、エンドレスで蘭の心のなかを巡っていた。
 廻り続けているのは、同じ光景ばかり。

 好きって、言ってしまえばよかったのに・・・・・・。



 部活が終わったら一緒に帰る約束をした。
 ふたりで。
 部活が終わって会ったら、言おうと約束した。
 ひとりで。
 ただただ、心が高鳴っていた。
 はちきれそうだった。
 いったい何年、秘めてきたのだろう?

 それなのに・・・・・・。



 顔がほころんだ。

 本当に、一緒に歩ける些細な幸せに、ほっと気が緩んだ。
 けれど、
 その気の緩みが禁物だったのに。

 一緒に帰る約束をしたきっかけは、蘭の一言だった。
 『今日・・話があるの。部活、あるけど、待っててもらえる?』
 
 新一は快諾した。
 それが、最初の気の緩み。

 でも、致命的なものは。
 

 なかなか、切り出せなかった。
 でも。
 こういう決心は、覚悟を決めた、その日でなければ意味がないのだ。
 『あっあのね・・』
 言いかけたとき、
 『そうだ、蘭、話って、何だ?』
 信頼しきった笑みを目の当たりにした。
 
 第一のゴールで、第二のスタートになるラインは、ずっと先に決めてあった。
 それなのに。
 その笑顔を見た瞬間、砕け散った。

 壊したくないよ・・・・・・。
 今の関係を。
 
 そんな想いが、ラインをここに引いてしまった。

 まだ・・・・・・。
 もう少しだけ・・・・・・。
 このままがいいんじゃないか・・・・・・。

 『・・なんでもない。ただ、一緒に帰る口実がほしかっただけ』
 『なんだよ・・それ。んなもん、なくても、一緒に帰っていいぜ?』
 ありがと。
 嬉しいよ。

 そのときは、確かにそう思った。

 でも、本当にそうなのだろうか?

 ただ、今の関係を壊したくないなんて。
 そんな、後ろばかり向いて、ただ、自分の正直な想いから、逃げているだけなのではないだろうか?

 逃したチャンスは、もうめぐってこないのだろうか?

 やっぱり、好きと言えばよかった------。








 チュンチュンと、鳥の鳴く声が聞こえる。
 もう起きなきゃ・・。
 
 いいお天気だなあ。

 そうは思うものの。
 どうにもベッドから出る気になれない。
 晴れない憂鬱。
 
 もっと、素直になれればよかったのに・・・・・・。



 元気よく自分の作ってきたお弁当をぱくついている快斗を、隣で青子はまじまじと見つめていた。
 さっきから、一言も発していない。
 
 どうやって話す?
 どんな風に伝える?
 笑うかな?
 びっくりするかな?
 
 それとも・・・・・・。

 『なんだよ、じーっと見て。みとれてんのか?』
 『ちっ違うよっ。・・その・・。ご飯粒、ついてる・・』
 いつもと同じ、おどけた調子に、つい口が勝手に動いたのに、最後は思いのほか説得力がない。
 
 それって、演技なの?
 それとも、ほんとになんとも思わないの?
 
 『・・あ・・あのね、快斗・・』
 うまく言葉にならない。
 でも・・。
 一生懸命、考えてきた。
 やっぱり、今、伝えなくてはいけないと、そう思ったから。
 覚悟を決めたはずだから。
 
 『なんだよ・・。言いたいことがあるんなら言えよ。言わなきゃ、わかんねえだろ?』
 もう一度、快斗の顔を見る。
 さっきまでとは違う、真剣な表情を向けていた。

 あ・・・・・・。

 相手が真剣に話を聞こうとしているその態度に、青子はにわかに怖気づいた。

 言わなきゃ、わからない。
 確かにそうだ。
 でも・・・・・・。
 
 どうやって話すの?
 どんな風に伝えればいいの?
 笑うかな?
 それとも。

 それとも、
 受け入れて、もらえなかったら・・・・・・?
 言わなきゃ、良かったって、思うかもしれない。

 青子のなかで、今までふざけあって、笑いあった数え切れないほどの日々がよみがえってくる。
 もしも、笑いあえなくなったら------。
 
 『あのね、今日・・。卵焼き、ちょっと失敗したの。大丈夫かなって・・』
 『は?』
 『だから・・卵焼き、おいしい?』
 『なに言い出すのかと思ったら・・。びっくりするじゃねえか、ったく・・』
 ふうっと一息つくと、快斗はにかっと笑った。
 「まあまあだなー。・・それより、告白されんのかと思った』

 ・・・・・・!!

 涙が出そうだった。
 そんな風に、ほんとに思われていたのなら。
 でも、もう何も言えない。
 青子はいつもと変わらない口調で言うしかなかった。

 『快斗、熱でもあるの?』



 バカ。
 青子のバカ。

 どんなに想っていても、言わなければ先へは進めないのに。
 そんなこと、とっくの昔にわかっていたはずなのに。
 傷つきたくないばかりに、自分の気持ちさえ、ごまかしてしまった。

 もう、取り返しはつかないのだろうか?

 やっぱり、素直になれば、良かった------。






tcn...

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