恋歌 piece 1




 ちいさな世界で、ずっと膝を抱えたままだった。

 「…泣いてんのか?」

 どこか気遣うような声にまだ耳慣れてはいなかったけれど、肩にそっと置かれた手の感触に思わず振り返る。
 瞳に溜めた涙を目の当たりにした彼は一瞬目を瞠ってから、両の手でほほを包み込んだ。
 「今日から、ずっと一緒。
 だから、もう…寂しくなんか、ない」
 確かめるようにのぞきこんでくるその瞳は、とても綺麗で。
 
 そうして、ゆっくりといい含めるようにつむがれた言葉をわたしは反芻した。

 「…おにい…ちゃん…?」
 
 うん。
 大きく頷いた彼を、心に灯る温かいものを感じながら、じ…っと見上げていた。

 忘れはしない。
 あの日のあの瞳。
 つむがれたその名。



***




 息を詰めながら階段を駆け上がり、乱暴に開けたドアのその先は、西日がさしこんでいた。
 まぶしさに思わず眼を細めたから、その後姿はよくは見えない。
 それでも息を詰めながら距離を縮める。

 ゆく当てのない両手は、知らぬ間にわずかに震えていた。
 「…ねえ…。どうして?言ってたと学校と違うよ…?
 …ねえ。あんな遠くなんて…わたしなんにも…」

 知らなかった。
 ここからはずっとずっと離れた場所を選ぶなんて。
 聞いていなかった。
 
 振り返った彼の瞳はひどく真剣で、後ずさってしまいそうになるほどだった。
 「もう。…決めたから」

 少しくぐもったような低い声が、地に落ちた。
 こんな彼はたぶん、はじめてだ。


 ―…もう、さびしくなんか、ない―

 ずっと一緒だと言ってくれたあの言葉がふいによみがえって、切なさが立ち上ってくる。
 「…そっ…か。
 ごめんなさい。わがまま言って」

 えへへ。
 照れたように笑ってみせる。
 ずっとずっと、寂しさという隙間風の入らぬようにと守ってくれた人だった。
 けれど、無邪気に後ろをついて回る季節はあまりにももう、遠い。
 
 ただ言いようのないかなしみがこみ上げるのは、どうしてだろう。
 離れてしまったら、出逢う前のただの他人になってしまいそうな、ふしぎな哀しさと、寂しさの正体が、つかめずにいた。
 それを打ち消したくて、微笑む。
 「そうだよね…わたしももう、お兄ちゃん離れ、しなきゃいけないよね」

 ふと、目の前の彼の瞳は哀しげに揺れ、くちびるをかみ締めていた。
 伏し目がちにうつむくと、そっとわたしの両手を包むように握り締めてくる。

 「………っ」
 いつもと違うその様子をいぶかしみながら、呟いた。
 「…おにい、ちゃん?」
 

 「…オレは……」

 ゆっくりと、その顔が上がる。

 「…オレは…お前にそう呼ばれたくない」

 目を瞠る。
 静かに、けれども目をそらさず決然と放たれた言葉に、からだが動かなかった。

 「……あ…」

 つかめずにいた哀しさのそのわけが、ふいに透けて見えた気がして。
 わたしはその身を震わせた。





FIN?






とあるものに萌えすぎて走り書きしたオリジナルもどきを改題しました。
消そうかなぁとも思ったこともあるんですが…まぁありがちな素材でもあるので(汗)一応おいておくことに…;
ほんとうに続くかどうか不明です。気が向いたら書こうかなと。
書きたい本命話とちょっと似ているのでごっちゃになってしまいそうですが…。
(write-2007/02/07 up-2007/03/04)