ピュア・ハート




 避難先の月の国。王宮の一室で、プリンセスたちが集まっていた。

 笑いあっていても、どこかに不安げな色とぎこちなさは隠せない、そんなお茶の席にあって、唐突にファインは立ち上がった。
 「…ファイン?どうかしたの?」
 驚いたレインが声をかけても、ただ、ウソのつけないぎこちない笑みを浮かべて答えるだけで。
 「…あ…あたし、先に戻ってるね!レインはみんなと楽しんでて!ケーキ食べすぎておなかいっぱいになっちゃった」
 そんなこと、ほんとうであるはずがないと、もういちどレインは口を開きかけたけれど、それよりも早く、ファインはそそくさと部屋を出て行ってしまった。
 そんな彼女を、レインとアルテッサは特に不安げな表情で見送ることしかできなかった。

 …たぶん。彼女は…。

 だから今、無理に追いかけることすらできず、動けなかった。

 「ファイン…」



 *****


 ほんとうならきっと綺麗な夜空だろうに、どことなくうっそうとした空気を感じさせる空を、ファインは窓越しに見上げるようにしていた。
 いろいろな感情がない交ぜになって、ついため息が漏れる。

 ブライトのこと。
 シェイドのこと。

 怒鳴られた声が今また耳に響いて、きゅっと身をすくませた。
 かすかに瞳を潤ませたまま軽くくちびるを噛んだとき、ふいに声が降ってきた。


 「プリンセスたちと一緒じゃなかったのか」

 思い浮かべてしまった声よりもずっと静かで穏やかな、けれども紛れもなくたがわない人の声に、ファインは振り向かず肩を揺らした。

 ゆるく開いたままだった扉の外に、部屋の明かりが漏れていたのだろう。
 しばらくためらっていたような足音が数度し、近くもなく遠くもない距離を取ったまま、彼が部屋に入ってきたのがわかった。

 やがて、声を出さないファインに耐えかねたのか、シェイドは少し押し殺すような声音で短く言った。

 「…今日は…少し、言い過ぎた」

 彼はきっと言葉を続けるつもりだったに違いない。
 けれどもファインはさっと振り返り、ぶんぶんと首を振りながら、さえぎるようにまくし立てた。
 「…シェイド!そ、そんなことないよ。あたしが勝手に…。

 ほんとうに…ごめんなさい」

 再びうな垂れてしまった彼女を目にして、シェイドは静かにファインのそばまで歩いてきた。
 すぐそばで、軽いため息がこぼれたのが、聴こえる。

 …また、怒られちゃうのかな。

 彼が怒ったのはもっともなことで、みんなに心配をかけたし迷惑もかけてしまった。
 だけど…。

 「…まったく。
 お前というヤツは、無鉄砲で、考え無しで」

 ――…ぐさ。

 「無茶ばかりして、能天気で」

 ――…ぐさ。

 呆れているような声と言葉を聞きながら、ファインは顔を上げられない。

 けれども、しばらくの沈黙の後、終わったかに思えた彼の言葉は、まだ続いた。


 「…だまされそうなことでも、たぶん信じるに違いないし。
 …まっすぐで、一生懸命で。

 …まっすぐすぎて、危なっかしくて。


 ―――…放って、おけない」

 ゆるゆると顔を上げたファインは、どうしたらよいかわからず、瞳を揺らしたままシェイドの横顔を眺めていた。
 そのうち彼が振り返り、視線がぶつかった。
 それはファインが想像していたよりもずっと深く穏やかな表情で、息を呑んでしまうほどで。
 何かを言いたいのに、言葉にもならなかった。

 そんなファインに、シェイドは最後の最後、しみじみと言葉にした。

 「…無事で。
 …よかった」

 困ったような、なんとも言いがたい笑みらしいものが、わずかに浮かんでいるように見えた。
 彼が秘めている優しさに唐突に触れた気がして、ファインは糸が切れたように乾いたはずの瞳を濡らし、ぽろぽろと涙を零し始めた。
 押しとどめていた不安な気持ちが、突然堰を切ったように流れ出す。

 「…ひ…っく。
 ブライト…どうして…。
 元に…ひっく。…戻って、ほし…よぅ…ひぃっく…」

 しゃくりあげてしまうほどの涙はどうしても止まらなくて、おろおろとしているうち、ふわり、とぬくもりに包まれた。
 あやすように、なだめるように優しく抱きしめながら、背中をさすってくれる。
 「きっと、ブライトを救おう。おひさまの恵みも。
 ファインとレインなら、できる。ふたりにしか、できないことがある」
 不安を溶かしてくれるような腕のぬくもりに、次第に落ち着きを取り戻し始めたファインは顔を上げた。
 そこには変わらず、いつもより優しさを隠さない彼の顔がある。

 「プリンスやプリンセス…、みんながいる。
 …もちろん、オレもだ」

 その言葉にファインは深く頷いた。
 そうして今日彼の前で、初めて笑える気がした。

 「ありがとう。シェイド」

 どれだけ想いを込めても足りない。
 そんな気持ちで、言葉にする。

 心のなかにひかりを。
 笑顔を。
 希望を。

 忘れたくない、忘れてはいけないものをかみ締めながら、ファインはもう一度、シェイドに笑って見せた。





FIN.






いったいいつぶり…!?というくらい久々に書きました。
なんかもう、引き返せないような展開の中でどうしたらよいやらですが(汗)、
都合のいいとこだけアニメ本編設定を取り、後は勝手に補完v(笑)
ご覧くださいました方、ありがとうございました。
(2006/02/18)