やさしい風





 放課後のざわめきに包まれる教室で。
 私はほうきを握りしめて、ほんの少し上の空だった。
 
 「・・ん、蘭。掃除終わったよ。なにボーっとしてるのよ、早く片付けようよ」
 園子の声に、ようやく我に帰った。
 「あ・・ごめん、今・・」
 そう言いかけた時、教室の入り口から声がした。

 「・・蘭。掃除、終わったか?」

 新一だ。

 その一言だけで、教室から冷やかしの声が上がる。

 「うん、今終わったとこ。ちょっと待ってて・・」
 「なあるほど・・。デートじゃ、上の空にもなるわよねえ」
 「・・ち・・違うわよ。ただ、ちょっと付き合ってほしいところがあって・・」
 「それのどこがデートじゃないって言うのよ?」
 
 そうなのかな・・。
 そういうものなのかな・・?
 なんだか照れくさい。

 からかわれるのは面倒だけど・・。
 そんなに嫌でもない・・なんて。
 私って、変わってるかも・・・・・・。



 めったにふたりきりにはなれないことを、知っている。
 だから、隣にいられる一秒一秒を、宝物のように、いつまでも抱きしめていたいと思う。
 たとえいつか、この想いが確かに伝わったとしても。
 どんなときでも、
 「私だけのあなた」には、
 なりえないことも・・
 知っている。
 だから、
 「私だけのあなた」だと
 思える瞬間を、そっと瞳に閉じ込めていたいと思う。
 そんな想いが、花びらが降り積もるように、
 たくさん、たくさん、増えていけばいいな・・と思う。



 「どうしよう・・新一。バス、さっき出て行ったばっかりみたい・・」
 バス停にたどり着いて、時刻表を確かめてみたら。
 バスはついさっき、出て行ってしまったばかりのようだった。
 「でも、歩いていくには、ちょっと遠いよね」
 バスが出たばかりで、残念なはずなのに。
 なんだろう?
 この、こころの温かさは・・・・・・?
 「しゃーねーな、待つか・・」
 「時間・・大丈夫?」
 「うん?今日は何にもねえからな。一台でも、二台でも、待ってやるよ」
 ほら・・。
 また。
 こころに染み渡る。
 歩いたほうが、良かった?
 でもきっと、このままバスを待っても、同じくらいの時間がかかるだろう。
 それだけ。
 それだけ、長く一緒にいられるんだね。
 たった、それだけなのに。
 そう・・。
 そんな小さなことが、こころをあたたかくしていたんだね。


 バス・・。
 いつまでも、来なくても、いいかもしれない・・。
 今日は、もう夕方だというのに人通りも少ない。
 風が、気持ちいい。
 今日の風は、いつもよりやわらかい。
 
 風は、空に恋をしているという。
 空は、風に恋をしているという。
 空は、風を包んでいるという。

 気まぐれに、不意に向きを変える風。
 そうね。
 どこへ向きを変えても。
 いつも包み込んで、
 あなたを守っていたい・・・・・・。

 あ・・・・・・。

 風が、向きを変える。

 やわらくて、やさしい風が、そっと私の長い髪をふくらました。

 「・・・・・・!」

 やさしい感触。

 静かに、撫でるように、
 新一が私の髪に触れて、
 ふくらんだ髪を、直した。

 やさしくて、少し、くすぐったい。

 ふたりで微笑みあって、幸せを確かめ合った。

 「・・バスだ」
 ふと、気がついて新一が視線を移す。

 ささやかなふたりきりは、ささやかに幕を閉じる。

 

 幸せは、いつか途切れるんだろうか?
 永遠は、ないんだろうか?

 そうだとしても。
 今日の幸せを、明日につなげていければいい。
 途切れるたび、
 またはじめればいい。

 ただ、それだけのこと。

 ふたりで、一日一日、
 小さな約束を積み重ねてゆくように------。






FIN.

またしても、謎めいた雰囲気のお話になってしまいました・・。
相変わらずとことんしゃべってくれません(汗)。
でも、モノローグ好きなので、どうしてもこうなってしまいます(><)






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