ゆるやかに...
空を見上げて。 雲間からさす光に、思わずわたしは微笑んだ。 隣で静かな寝息を立てている、彼を想いながら・・。 昨日までの冷たい風がうそのように、今日は温かくて。 お昼になるころには、もう春がきたかと思えるほどだった。 事件がおこるとたとえ今いる場所がどこでも飛び出して行ってしまう新一。 だから、学校だって、早退や欠席がどうしても多くなる。 それでなくとも、やっと帰ってきてくれたのに。 ほんとうはね・・。 すこしはおとなしくしてほしい・・。 なんて。 ほんの少しだけ、思ったこともあった。 だけど。 哀しいかな。 きっとそんな新一は、新一じゃないような気がして。 わたしは新一を止められない。 何度もいうよ。 わたしはここにいると。 冷たく寒い冬の峠は、確かに越えようとしている。 思いがけないあたたかさに誘われるように、昼休み、わたしと新一はそっと教室を抜け出した。 わたしたち以外、もうひとは見当たらない。 ついさっき、午後の授業の始まりを告げるチャイムが遠く聴こえた。 そうしてわたしは、ほんの少し迷って。 事件を解決して、久しぶりに学校に来た彼の寝顔に。 やっぱり負けてしまった。 ああ。 ほんとうにどうしようもないくらい。 あなたを想っていることを感じてしまう。 ねえ。 どうして隠すの? 疲れているはずなのに、あなたはわたしに笑って見せる。 だけどふと。 考えてみる。 わたしも。 いつでも、あなたの前では笑顔でいたいよ? そっと。 さっきより、少し覗き込んでみる。 わたしの髪が、新一のほほに触れたけれど、目は覚めない。 不思議。 ただ、寝顔を見つめているだけなのに、こんなにも心は穏やかになっていく。 私は一度、新一から視線をはずすと、また空を見上げた。 どこまでも続く。 深い青。 吸い込まれそう・・・・・・。 「・・・・・・ん・・」 あ・・。 見ると、新一はぼんやりと目を覚ましていて。 思わず微笑んでしまった。 なんとなく、わかってはいたけれど。 今度ばかりは、狸寝入りじゃ、なかったのね。 「あ・・おい。もしかして、授業・・始まってんじゃね-のか・・?」 にわかに起き上がると、人気どころかざわめきもない静けさに、新一は左右を見回して言った。 「そうよ!もうとっくに始まってるわよ」 つんとして私は言い返す。 面食らったようにぽかんと私を見つめる新一の表情がおかしい。 日本警察の救世主も、やっぱりただの少年。 わかりきっていることのようで、どこかでわからなくなるような、当たり前の事実に苦笑した。 「どうしたんだよ、オメーまでサボっていいのか?」 葉擦れの音に耳を傾けながら、瞳を閉じた。 「たまには・・いいかな。・・ちゃんと、怒られるときは、一緒だからね?」 「・・一緒に・・か・・」 とたんに新一は吹き出して。 わたしと同じように空を見上げた。 「・・もう・・春、なんだな・・」 つぶやかれた言葉にうなずいて、無言で返事をした。 この暖かい風に包まれて、昨日までの疲れも全部、飛んでいってしまうといいね。 今日はちょっぴり特別な午後。 時間はこの空間だけ、ゆるやかに流れていくようで。 今年は春が早くくるような気がする。 桜が咲いたら、一緒に見に行ってくれる? そうしてわたしはまた、いつもとおんなじ祈りをする。 それでも、どうしても。 やっぱりあなたの背中を押す自分を、わかっていても・・・・・・。 FIN. |
2002 March |