少年の瞳





 ふと、足を止める。
 腕時計の針を確かめてから、私は目の前の本屋に入った。

 新一は、相変わらず事件続きで疲れているのに、その合間を縫って時間を作ってくれる。
 無理はしないで。
 そう思いながらも、
 叶わない約束は欲しくない、と心の中でつぶやいてしまうのは・・。 きっと、哀しいわがままだな・・と思う。
 そんな、自分の中にある矛盾に、ちょっと苦笑してしまう。

 久しぶりの待ち合わせは少し張り切りすぎたかな?
 ずいぶん早くでてきてしまった。
 一緒に行けばいいのだけれど、たまにはどこかで待ち合わせるのもいい。
 そう考えてはみたけれど、やっぱり今日は早すぎるよね。
 駅へ行く道の途中で出合う本屋のなかは、まだ人もまばらで、何となく居心地がいい。

 不思議なことに、無意識に足が向くのはここだった。
 推理小説のコーナー。
 ふふ。
 また笑ってしまった。
 でも今度のは、ちょっぴりおかしな苦笑い。
 何を見るでもなく、ただぼんやりと背表紙のタイトルを追う。
 ああ。これも、あれも・・。
 アイツが読んでるのを見たことのあるものだ。
 本屋さん、開けそうだよね、ほんとに。

 ------。

 途中で眼を止める。

 これって・・。

 「欲しいんだけど、ちょっと時間無くてさ・・」

 大切な人の声が、聴こえてくる。
 いつだったか、そんなこと、言ってたね。

 想いが、あふれてくる。
 あの人の、喜ぶ顔が見たい。
 あの人の、幸せそうな顔を見るのは、私にとっても、何より幸せなことだから。

 そうは、思っているけれど------。

 私は駅前のある一点の方向を見つめる。
 静かに佇むその姿を確かめてから、
 私は軽い不安とともに、手にしていた一冊の本を鞄にしまい込む。
 ・・本、読んでる・・。
 もしかして、もう買っちゃったかもしれない。
 もしかして、ダブッたかな・・。
 ひといきついてから。
 思い切って、私は駆け出した。
 笑顔は作らなくてもいい。
 あなたが私を笑顔にしてくれるから。

 「新一・・!」
 明るい声とともに駆け寄った私に、彼も明るく応えてくれる。
 「よぉ。珍しいな、蘭の方が後から来るなんて」
 ・・あ。
 これ、前から持ってる本だ・・。
 ホッ。
 胸をなで下ろす私に、彼は不思議そうに・・でも、ちょっとからかったように訊く。
 「なんだよ、ニコニコして。なんかいいことでもあったのかよ?」
 「これから、あるかも・・ね」
 「・・へ?」
 「・・ねぇ。こないだ、言ってた本・・もう、買った?」
 ためらいがちに、訊いてみる。
 「まだだよ」
 よかった!
 「これ、プレゼント!」
 私はさっと本を差し出す。
 新一は一瞬びっくりしたような顔をして・・。
 そして、心底喜んでくれた。
 「サンキュー、蘭」
 そう言いながら。
 まるで子どもみたいに・・。
 お日様みたいな笑顔だ。
 ごく普通の・・大好きなものを、大好き!っていってるような、少年に戻る瞬間。

 ほらね。いいこと、あったでしょう?
 あなたにも・・私にも。

 でも。
 あなたをこんな笑顔にしてしまう「もの」・・に。
 ちょっぴり妬けてくるけれど------。






FIN.

初めて書いた新蘭小説で、しかも厚かましくもすぴかさまにお届けした作品です(^^;)
好きな人の笑顔をみられる幸せな気持ちが少しでも伝われば幸いです(^^)






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